ヨーロッパ・ハバネラ事始
ハバネラについて、びっくりするようなことが……。
スペインの歌曲「ラ・パロマ」は、よく知られたメロディーです。この曲がハバネラのリズムでした。作曲者はスペイン人のセバスティアン・イラディエール(1809~1865)。1850年に作曲され、その後世界中で知られるようになりました。このイラディエールという人は、キューバ(スペインの植民地でした)に住んでいた時代があり、その地のリズムを取り入れて、世界に広めたのです。ヨーロッパでは、イタリア民謡のオ・ソレ・ミオも、ハバネラのリズムで歌われるそうです。
驚いたことというのは、ビゼー(1838~1875)の「ハバネラ」は、このイラディエール作だということです! イラディエールは、1864年に「エル・アルグリート」というハバネラの曲を作りますが、これを後にビゼーがオペラ「カルメン」(1874年に完成)の「ハバネラ」に借用したのだそうです。あの有名なビゼーの「ハバネラ」は、キューバで暮らし、当地のリズムをハバネラとしてヨーロッパに持ち込んだ張本人である、イラディエールの作曲だったというのです! フランス人ビゼーが頭で作曲したわけではなく、まだホカホカのキューバの香りのする音楽だったんですね。ヨーロッパにハバネラが伝わった事情が少しわかったような気になりました。
なお、スペイン語では、フランス語と同様、Hを発音しないようで、ハバネラは「アバネーラ」と言うそうです。
それから、キューバの歴史について。スペイン植民地だったキューバは、19世紀の末に独立運動が盛んになり、1898年に米西戦争。1901年には共和国として独立し、実質的にはアメリカの支配下に入ります。これがキューバ革命まで続くんですね……。アメリカ音楽がラグタイムの時代だった時期、キューバではこんなことが起こっていたのでした。キューバでアフロ系の文化が発展をとげるのは20世紀になってからで、それも1920年代以降のようです。スペインの3拍子のボレロが、キューバで2拍子に変化したのも、アフロ系の影響があるそうですが、いつ頃のことなのでしょう、興味深いです。
参考 『ラテン・アメリカ・ピアノ曲選④ キューバ編』宮崎幸夫 校訂監修 全音楽譜出版社
追記(8月30日午後): Buena Vista Social ClubのCDにボレロが3曲入っていますが、そのうち2曲は制作年代が書いてありました。CD返却前にメモします。ドス・ガルデニアス(Dos Gardenias:クチナシの花をふたつ)というBoleroは、女性ピアニストのイソリーナ・カリリョ Isolina Carillo が1930年代に書いたもので、それ以来キューバのボレロ歌手にとっては必須のレパートリーになっているとか。また、イ・トゥ・ケ・アス・エチョ(私の花に何をしたの?)というBoreloは、バリトンの歌声で人気の歌手エウセビオ・デルフィーンEusebio Delfinが1920年代に作曲したそうです。
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