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スタインウェイピアノ―「ドイツ製」なのに「アメリカ製」だった時代

 奈良ホテルのスタインウェイピアノがドイツ製とのことなのに、「New York」の文字や「1899年10月3日」という英語表記があることについて、手がかりのようなものがありました。

 スタインウェイ・ジャパン株式会社のホームページに、スタインウェイ・ハンブルグの歴史があります。今年で125周年になるそうです。それによると、こうです。

1850年 スタインウェイ一家は、長男セオドアをドイツに残して渡米。
1853年 当主ヘンリー・スタインウェイと息子たちにより、Steinway & Sons を New York に設立。
1880年 ヨーロッパでのピアノ需要に応えるため、長男セオドアと四男ウィリアムズが、スタインウェイ・ハンブルグ工場を設立。当時のハンブルグは輸入関税のない貿易自由都市で、ヨーロッパ各地・南米・オーストラリアなどへの航路が開かれていた。また、これに先立ってロンドンにスタインウェイホールが創設されていたが、そのロンドン支店がヨーロッパへの販売を担当していた。ハンブルグで製造されることになって、アメリカ製の時代より、45パーセントも安く供給できるようになったという。

 しかも、ハンブルク工場では、1902年までは、完成した部品をニューヨークから取り寄せて組み立てていたそうです。なんと、1907年までは鉄骨フレームが、1914年まではアクションパーツがニューヨークから送られていたそうです。上記ホームページには「鉄骨フレームに刻まれた英語表記のため、アメリカ製と考えられていた多くのピアノが、実はハンブルク製だったというのはこのためでした」とあります。すべてハンブルク製となったのは、1914年以降だそうです。
 とすると、奈良ホテルのスタインウェイは、まさにこの年代のドイツ製にあたるのかもしれません。鉄骨部分(金色の文字のある部分)にある文字は、ニューヨークで製造されたパーツの製造年代であり、実際にピアノに組み立てられたのは、それが運ばれたドイツ・ハンブルクだったかもしれない、ということです。ただし奈良ホテルに伝わる記録の「1920年代」というと、すでに「すべてドイツ製」で製造されていたはずの時代なので、以上の記載にあてはめると、奈良ホテルのスタインウェイは、1899~1907年にドイツで製造されていた可能性が考えられるのではないでしょうか。ただし、「自動演奏装置付きピアノ」ということだと、いろいろな例外があるのかもしれず、専門家の判断を仰がないとわからないと思います。いずれにしろ、奈良ホテルのスタインウェイピアノの部品は1899年のアメリカ製、ということは言えるのかもしれません。

 なお、1889年にはセオドアが亡くなり、以降ハンブルグ工場は法的にはスタインウェイ・ニューヨークに属することになったそうです。とすると、ドイツのスタインウェイが「独立」していたのは、1880年からのわずか9年間だった、ということになるのですね。

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コメント

部品の作られた年月日とは考えてもみませんでした。昔、ポルシェを日本に輸出しようと翻訳をしていたことがあったのですが、横浜港までコンテイナーに入れて運ぶには、やはりハンブルグかハンノーヴァー経由が主流でした。でなければオランダ経由で、結構な距離を運ばなければなりませんでした。当時大阪港にもルーツがあったことは充分に考えられますね。しかしながら、相当のお金が掛かったのでは?THEODOREは末っ子かと思っておりましたが、長男だったのですね。それでそんなに早く世を去ったわけですか・・・。会社名がSTEINWAY &SONSというくらいですから、深い親子の絆があったのですね。ニューヨークのスタインウェイがアメリカ専用だったということに、ドイツの自由貿易が影響していたという事実が発覚しこれで納得です。カーネギー・ホールができるまでは、スタインウェイ独自のホールがニューヨーク交響楽団の本拠地でありました。また、父のヘンリーは、ショウルームにピアノを展示する予算がなかったので、営業マンを雇い買値と売値の差額をマージンとして渡すというシステムを取っていたようです。また、自動演奏式ピアノや紙ロールの専門店が京都にあるのを思い出しました。そこのお店はスコット・ジョップリンの実演ロールも保持しています。このお店が横浜で展示会をしたときに、アレェクスェイがピアノの試し弾きをさせてもらいました。ラグタイムは当時日本でも流行していたのでしょうか?ハイカラさん達はラグに魅了されていたのかしら???

投稿: 裕美・ルミィヤンツェヴァ | 2006/02/17 15時52分

スタインウェイ・デュオーアート・グランドピアノ( 1920年代 アメリカ製)というピアノに、エオリアン社の自動演奏装置を取り付けた自動演奏ピアノが、20世紀初頭の代表的な自動演奏装置 3機種のうちの1つだったそうです。他には、ハイネスブロス社のハイネスブロス・アンピコ・グランドピアノ(1920年代 アメリカ製)やコインを一枚入れると自動演奏するというロール・チェンジャー・タイプのピアノ、ワリッツァー・自動演奏ピアノIX型 (1910年代後半 アメリカ製)がありました。奈良ホテルのピアノの中身は、スタインウェイではなく、他社製品であった可能性もありますね。

投稿: 裕美・ルミィヤンツェヴァ | 2006/02/17 17時12分

自動演奏ピアノについてですが、アメリカのピアノ・メーカー、エオリアン社がデュオ・アート方式を、アメリカンピアノ・カンパニー社がアンピコ方式を発表したのは、1913年です。したがって、奈良ホテルのピアノが、自動演奏器具付きで到着したのならば、その期日は1913年以降となります。

投稿: 裕美・ルミィヤンツェヴァ | 2006/02/17 17時29分

貴重な情報、ありがとうございます。
こんな面白い話に発展するとは思っていませんでした。自動演奏ピアノの歴史、というのも調べてみると、ラグタイムの歴史と交差するものがたくさんありそうですね。

投稿: ラゲディ・アン | 2006/02/17 17時46分

1883年から1957年まで生き、73歳の人生を閉じたもう1人のTHEODORE STEINWAY をご存知ですか?きっとHENRYの孫に当るのだと思います。切手収集家の第一人者でもあった彼は STEINWAY一家の本を書きました。

1950年半ばまでに、何と10万台のスタインウェイ・ピアノが売れたということですから驚きです。彼はスタインウェイ一家の鍵を握る人物かもしれませんね。

投稿: 裕美・ルミィヤンツェヴァ | 2006/02/18 03時52分

ほんとだ!
「切手のテオドール氏」は、
People and Pianos : A Pictorial History of Steinway and Sons
という本を書いていますね。
写真も多そうだし、値段も高くないし、注文してみようかと思います。

投稿: ラゲディ・アン | 2006/02/18 11時25分

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