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フォックス・トロット(fox trot)の起源は?

 ラグタイムの楽譜を見ていると、ときどきフォックス・トロットと併記されたものがあります。「フォックス・トロット」はダンスの用語ですが、あまり気に留めたことはありませんした。Charley Straightの「Humpty Dumpty Rag」(1914)に「Fox Trot」とあったのが気になって、調べてみました。

ボードビル俳優Harry Foxにちなむという、1914年起源説
 一般的に言われているのは、1914年の夏、ボードビル俳優のHarry Foxを起源とする説です。インターネットでざっと検索しても、ダンスの歴史を説明するサイトにはたいてい、以下のような記述があります。
 1914年4月、ニューヨークにいたハリー・フォックスは、有名なドリー姉妹のYansci Dolly と一緒に、ハマースタイン(当時の高名な興行主)の出し物のひとつで、ステージに立ちました。同じ頃、当時世界最大の劇場のひとつだったニューヨーク劇場は映画館に改装されていました。劇場の支配人はエクストラのアトラクションとして、ショーの合間にボードビルの出し物をすることを思いつきました。そこで選ばれたのが、ハリー・フォックスとそのグループ「アメリカン・ビューティーズ」のダンスでした。ハリー・フォックスは一ヶ月以上にわたって公演し、相当な額の報酬をもらったそうです。
 同じ頃、ニューヨーク劇場の屋上は、Jardin de Danseという名のダンス場(クラブ?)に改装されました。ここでドリー姉妹がナイトレビューに特別出演しました。この屋上では、ダンスコンテストが行われ、その週の優勝者には、前の週の勝利者の金杯が授与されました。
 フォックス・トロットは、このJardin de Danseが発祥の地だそうです。ハリー・フォックスは階段を下りる演技の一環で、ラグタイム音楽に合わせてトロット(速足の)・ステップを使い、人々が彼のダンスを「フォックスのトロット」と呼んだそうです。なおHarry Foxの「Fox」はステージネームだそうですが、祖父からとった名だそうです。
http://www.streetswing.com/histmain/z3foxtrt.htm
http://www.centralhome.com/ballroomcountry/foxtrot.htm

当時のJardin de Danseの様子(thanks to ragtimema-san ! )
http://www.streetswing.com/histclub/a2jardin.htm

Harry Foxの舞台前からあるFox Trotの楽譜
 さて、そうだとすると、フォックス・トロットというのは、少なくとも1914年の4月以降に生まれた呼称だということになりそうですが、本当でしょうか? ここに疑問があります。
 というのは、Chaley StraightのHumpty Dumpty Ragは、1914年1月13日に出版されているのです。ハリー・フォックスがジャルダン・ド・ダンスで踊るより前に、フォックス・トロットの名を冠した出版物があったということです(ただし、こういうことも考えられます。初版にはFox Trotの記載がなく、フォックス・トロットの流行以後の版でその名を加えたという可能性)。
 また、エドワード・バーリン氏のラグタイム研究書には、こうあります。
「1910年代になると、ラグタイムの楽譜に新しいダンスの名が引用されるようになったが、どれも長くは続かなかった。ターキー・トロットは、1912年から14年まで、one-stepとfox trotは、どちらも1913年までに目立ってきた。one-stepは1917年まで続き、fox trotはふさわしくないほどの寿命を保った。slow drugはラグタイム時代全体を通して見られるが、主要な曲には用いられていない」(Edward A. Berlin, ”Ragtime  a musical and cultual history”, An Authors Guild Backprint.com Edition, 1980, 2002)p.14
*fox trotには注があり、この時代のフォックス・トロットは、現在フォックス・トロットと呼ばれているダンスとは違うのだそうです。

 つまり、「ワン・ステップ」と「フォックス・トロット」は1913年にはすでに現れていたということでしょう。とすると、ハリー・フォックス起源説はあやしくなりそうです。ひょっとして、「フォックス」の芸名も、逆に「フォックス・トロット」から採った可能性も? 1913年と書くバーリン氏が、どの曲の楽譜をもとにしているか知りたいところです。

 もっとも、ハリー・フォックスが、フォックス・トロット流行の立役者であったことは間違いないでしょう。フォックス・トロットの名を冠した曲の出版も、1914年で大ブレイクしたようです。
 手持ちの楽譜集"Cakewalks, Two-steps and Trots for Solo Piano - 34 Popular works from the Dance-Craza Era"(Davie A. Jasen, Dover Publications, 1997)をめくってみると、12曲のフォックス・トロットが収録されていますが、そのうち8曲は1914年の出版です(10月の出版が多い)。そのうち、表紙の絵にキツネくんそのものが描かれているのが4つ。残りは、1915年のものが4曲、1918年が1曲ですが、1914年のものが多いのに驚きました。この中でちょっと注目したいのは、ユービー・ブレイクの「The Chevy Chase  Fox-Trot」(1914)でしょう。表紙は馬に乗ってキツネ狩りをする貴婦人の絵です。

 ラグタイム楽譜に添えてあるダンス名、これで頭の中が頭の中が少し整理されてきました。
 

追記:エドワード・バーリン氏によると、他のダンス名の記載の歴史はこうです。
初期のラグタイムの楽譜につけられたダンス名には、cakewalk, march, two-stepがある。ときにはpolkaと名づけられているものもあるが、どれも、音楽的な違いは欠如している。このうち、cakewalkは1904年には楽譜から消えた。marchは1908年から下火になり、two-stepのそれは1911年である。いずれもダンスは、1910年代の半ばまで続く。
 これは楽譜を見ていく上で、とても目安になる年代基準です。

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ラグタイム」カテゴリの記事

コメント

すごい解釈ですね 勉強になりました foxtrotの20年代のband演奏は無数にありますが掘り出し物を探しだしたときは感激です こういう曲でダンスしてたんでしょうね でも10年代のfoxtrotはピアノ演奏が中心?だったのでしょうか?10年代のfoxtrotのイメージがよくわかりません

投稿: sugou | 2006/08/28 20時44分

sugouさんが耳にしているフォックス・トロットの曲数は、半端じゃないですよね。20年代のバンド演奏が主でしたか。10年代も、ダンスのバックではバンド演奏だったのではと思います。ハリー・フォックスの舞台のバックだって、バンドですよね。1914~15年出版の楽譜は、正装の男女の社交ダンスという絵柄が多いです。これが、フォックス・トロットダンスが踊られた状況でしょう。女性のファッションも興味深いです。ピアノ楽譜に関しては、バンドと同じ曲を、ピアノ譜でも販売していたのでしょうか。表紙に、ピアノ譜とオーケストラ譜の値段が併記されているものもあります。10年代と20年代では、曲の内容を比較してみると、面白いかもしれませんね。

投稿: ラゲディ・アン | 2006/08/28 21時37分

お~、かなり勉強になりました。その時の流行のダンスに合わせてcakewalk, march, two-step,polka,foxtrotと副題が付けられているようですね。ダンス音楽に取り上げられることで楽譜の売り上げにかなり影響したんでしょうか。

投稿: 草野 | 2006/08/28 21時45分

はじめまして tamaというHNで、社交ダンスコミュニティーサイトというダンスサイトに投稿しているものです。http://www.geocities.jp/ninngyotoaro/neoddd.html

たまたまそちらでもフォックストロットの名前の起源に関してやり取りがあり、インターネットで検索したところ、このサイトを見つけ、参考にさせて頂きました。そのお礼と言っては何ですが、米国の国会図書館のデータベースで、ラグタイムで踊られたダンスに関する情報があります。

An American Ballroom Companionという、15世紀から20世紀初頭までの社交ダンスマニュアルを200以上集めたと言うコレクションです。その一部に、当時のダンスマニュアルに基づいてダンスを再現したビデオライブラリーがあり、ラグタイムによるダンスもあります。ご参考になれば幸いです。

コレクションのURL
http://memory.loc.gov/ammem/dihtml/dihome.html

ビデオライブラリーのURL
http://memory.loc.gov/ammem/dihtml/divideos.html

投稿: tama | 2007/01/08 08時17分

tama様、初めまして。
貴重な情報をありがとうございます。
掲示板のほうものぞかせていただきました。
とても、興味深い議論が交わされているのですね!
ラグタイム・ダンスの映像、いくつか見ました。
このサイトは宝の山ですね。
ゆっくり見て、このブログにもまた感想を書きたいと思います。
ラグタイムの楽譜を見ていると、
ダンスの知識も必要だなと思うことしばしばです。
今後も、どうぞよろしくお願いします。

投稿: ラゲディ・アン | 2007/01/10 21時18分

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