『Story→宣言しました宣言←』―詩集がノート製本になって

__p1010295 自費出版の詩集ですが、まずその装丁に驚きました。上質のマットなハードカバーは手触りがよく、開くと……、
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このように、ノートと同じリング製本で、しかも文字は手描きなのです。たいてい罫線に収まっていますが、上記のような一種の殴り書きも、あえて表現されています。
「え、これって消しゴムで消えないの?」
と、思わず、文字を手でさすってしまいました。

 もちろん消えません。罫線も手描きにあわせて幅を決めて印刷し、そこに手描き文字を書いてスキャン。校正で間違いがあったときは、前頁書き換え、という、まさに手作り感覚の、でもちゃんと印刷屋さんで印刷した本なのです。

 著者の「遊生羅(ゆうら)」さんは、たいへん若いながら、自分の出版物についてのイメージとこだわりをしっかり持っていて、妥協せずにこの形式になったのだとか。ノートの空白の部分には、読者が自分で書き込みをいれてほしい、という願いもこめられているそうです。
 著者プロフィールによると、「遊生羅(ゆうら)」さんの将来の夢は、
「Bigになること」
だそうです。この世代の人に「夢」を聞いても、「別にない」とか「フツーの生活ができれば」などという答えも珍しくなくなり、若者の更なる語彙の乏しさも(若者だけじゃないけどね)言われている今日この頃ですが、大いなる夢をいだいて自分のコトバを詩に書き綴っているこんな人もいて、ちょっとうれしくなりました。
 一編だけ紹介します。

 =PHOTO ALBUM=

 アルバムの少ないページを
 そよ風がめくっていった

 ちょうど目に止まった写真を
 原型のなくなるまで破った

 思い出は1コマじゃない

 1コマは俺じゃない

 俺は思い出じゃない
 
   『STORY→宣言しました宣言←』より(遊生羅著 おゆほ商会 2005年)
 
 興味をもたれたかたは、「おゆほ商会」へ。

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インターネットでコワイこと

アマゾンで、よく本やCDを注文します。というか、書評欄などで興味をもった本はメモがわりにアマゾンのカートへ入れておく、という生活。しばらくして、必要に応じて注文します。本を買いにわざわざ本屋に出かけることも、本当に少なくなりました。

便利といえば便利ですが、ぎょっとすることもあるのです。ご存知のようにアマゾンは登録すると、トップページに「こんにちは、○○さん」と表示され、冒頭に「おすすめ商品」が出てきます。その後もいろんなページで、これでもかこれでもかと……。「この本を買った人は、これも買っています」というおすすめもあり、果ては注文確認メールにまで「おすすめ商品」が陳列される次第。その「おすすめ商品」には、「何でこれが?」と思うものもしばしば。買わずに検索しただけのものも結構反映されていて、「やめてくれよ~」と思うものまであります。最近は、アマゾンで検索するのはやめようかと思うことも。

こういう状況、コワクないでしょうか? 検索すればするほど、自分の検索履歴や嗜好が知らないうちに管理されていきます。自分のパソコンなら履歴やクッキー削除ですむけれど、アマゾンではそういうわけにいかないし(履歴を管理されないでアマゾンを利用する方法があるのでしょうか?)。

便利だというメリットがないとはいいませんが、「便利 1」に対して「わずらわしさ 9」。さらにそれにつきまとう不気味さは無限大。大げさかもしれないけれど、あのコンピューター「ハル」の赤い目(ランプ)が頭に浮かんできてしまいます。

このようなアマゾンの管理を「パーソナリゼーション」と呼ぶこと、そういう仕事をするソフトを「エージェント」と呼ぶことを、下記の本で知りました。「アマゾンでお買い物」くらいならまだ笑えるとして、ネットで閲覧するニュースがこのようにパーソナライズされ、世界中の多くの人がそういうニュースを主体に情報を得るようになる危険も書かれていて、これは確かに不気味です。たとえば少年事件を頻繁に検索してると、その手の事件が多く配信されるようになり、ネットニュースを見ている限りは「世の中には少年事件が激増している~」と信じてしまうヤツが出てきて、それが増幅してそういう世論が形成されてしまうとか……(こう考えると、ネットに限らず古い媒体たるマスコミにも問題ありそうですが)。

しかし、いくらアマゾンのパーソナリゼーションが優秀でも、ないものは出てきません。ラグタイム関連の出版物、相変わらず、少ないですね!

●『インターネットは「僕ら」を幸せにしたか?』(森健著、アスペクト 2005年9月)

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『パリ左岸のピアノ工房』

アメリカ人作家の小説ですが、ピアノに対する目を開いてくれた本です。この本を読むまで、世界のピアノの最高峰はスタインウェイ、国産の最高峰はヤマハくらいの認識しかなくて、ピアノの銘柄やメーカーにはあまり関心もありませんでした。それが、プレイエルやベーゼンドルファーのようなヨーロッパ伝統の銘柄の存在や特徴を伺い知ったり、スタインウェイを超えるファツィオーリという、車で言ったらフェラーリみたいな、ものすごいピアノメーカーがイタリアにあることを知ったり、ピアノの世界の奥深さがわかり、本当に目からうろこが落ちるような小説でした。

ピアノが好きな人なら、ストーリーも十二分に楽しめます。家族でパリに移り住んだアメリカ人の中年男(作者自身がモデルか?)が、子どもを幼稚園に送り迎えする途中のピアノ工房が気になり、趣味のピアノを再開したい自分に気づき、余所者を受け付けないピアノ工房につてをたどって出入りし、ようやく中古のよいピアノを探し、レッスンも始め、どんどんピアノの世界にのめりこんでいくという、言ってみればピアノオタクの話です。ピアノに関する薀蓄に満ち、主人公の頭の中にはピアノしかない、という感じです。最後のほうにイタリアのファツィオーリの工場を訪れる場面がありますが、これは小説というよりはさながらドキュメンタリーのようで、作家の取材の様子がかなり実話で収録されているのでは、と想像されました。

●『パリ左岸のピアノ工房』(T. E. カーハート著 村松潔訳 新潮クレストブックス 2001年)

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『東京大学のアルバート・アイラー』

サブタイトルは「東大ジャズ講義録・歴史編」。菊池成孔+大谷能生著/メディア総合出版/2005年5月。

今日というか昨日、アマゾンより届きました。メインテーマは1950年代からのジャズの歴史ですが、「バッハの12平均律はそれまでの音楽のデジタル処理化」とか、バークリー・メソッドの解釈とか、とにかく目からウロコの内容。そう説明されたら、すごくわかりいいじゃん! 長年なんとなく思っていたことや、わからないでいたことが、すっきり整理されていくような、すごい感触を感じてます。あせらず、ゆっくり読んでいかなくちゃ。著者のお二人は一体何者? 東大もセンスのよい講座を設けたものです。

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