元旦の富士さん

P1010323あけましておめでとうございます。
今年の元旦は晴れ渡りました。
「これは富士山が見えるはず!」
マンション屋上に上るとドアを開けたらすぐ、
白く、神々しい富士の姿が大きく迫ってきました。
思わず手を合わせたくなりました。
富士山信仰って昔からありますが、
自然に湧き上がる感情なのかもしれません。

P1010337さて、今年は丑年。
これがわが家のウシの縁起物です。
後ろの絵は、フォーク・アートのウォーレン・キンベルの複製画。手前はカントリー風のツリーオーナメント。どちらも、アメリカンなウシですが、私の長年のお気に入りです。
で、並べてみると、どちらも乳牛(cow)。
牧畜を身近に感じたことがないので普段は意識しませんが、牧場で草を食んでるウシも、ほとんど全部雌牛なのでしょうね。
雄牛(ox)たちの運命に、しばし思いを馳せたお正月でした……。




ところで、ウシの出てくるラグタイム、あります。
すぐに思いついたのは、「Who Let The Cows Out(A Bully Rag)」
(by Chasles Humfeld 1910) 。
演奏途中に「ウシの鳴き声を出す」などと指示のある楽しく軽快な曲です。

表紙の絵はこんな。
http://www.perfessorbill.com/covers/cowsout.jpg

詳しい説明はこちら。どちらも「"Perfessor" Bill」さんのHPから。
http://www.perfessorbill.com/pbmidi7.shtml


それでは、本年もどうぞよろしくお願いします。

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年末調整……!?

200812150914000 当ブログ「myラグタイム散歩」、
いつの間にか、アクセス3万越えました。
読んでいただいた方、一瞥していただいた方、ありがとうございます。

すっかり更新をさぼって4ヶ月……。
下書き記事とミクシィ記事の整理をして、
8月4日分から主なものを一気にアップしました。
気紛れ&怠慢をお詫びしつつ……。

久々に会った友人から、「HPやブログの更新は最低月1だよっ」
と言われたのが、妙に頭に残っておりました。
ナントカ年末調整……sweat01

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ココログIDを忘れたら(ニフティ会員の場合)

ココログのアクセスが重くて(そのせいにして)、ここしばらく編集画面にアクセスしていませんでした。そして久しぶりに記事を作成しようとしたら!

何? IDとパスワード入力???
んなもの、覚えてないよ~。

過去のメールやらネット登録関係の記録ファイルを探しましたが、ココログのものは一つもなし! 自分が悪いのですが。

そこで、パスワードを忘れた人用のリンクから確認しましたが、パスワードは合っていました。IDが違うのでした。じゃ、IDはどうやって確認するの? 画面をたどっていくと、なんやらPleasy登録という画面に。「どうせここで登録しないと、一歩も先にすすまんのでしょうが……」とヤケクソ気味に登録しましたよぉ。しかし、せっかく取得したPleasyアカウントIDをココログIDの部分に入力しましたが、だめじゃん! エラーが出るだけです。

というわけで今朝、最終手段に。つまり電話です。つながるまでに1時間。フリーダイヤルだからいいけど、電話子機のスピーカーフォンから流れる音楽がうるさかった……。

さて、電話のお姉さまのガイドにしたがうと……。
よ~するに「利用状況の確認」のリンクから、ニフティ会員情報を入力すると、自分のココログIDを見ることができたのでした。解決まで1分。はやりネット社会でも「人対人」は早いのでした。それから、Pleasyというのは、ニフティ会員でない人がココログを使う場合のものだということでした。

しかし、会員がココログIDを忘れて、一番自然にリンクをたどっていくと、Pleasyの登録画面に導かれてしまうのですよ~。これって、果たして私が悪いのでありませうか?。 

「会員がココログIDを忘れた場合」

というリンクを、わかりやすい場所にいくつも貼っておいてほしかったな~。そのほうが、サービスセンターの回線も混まなくていいでしょ。

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レオナルド・ダ・ヴィンチ展――The Codex Leicester

 「レスター手稿」というものを是非見てみたいと思っていました。会期が11月13日までと迫り、夜10時までオープンということもあり、昨夜、六本木ヒルズ「森アーツセンターギャラリー」に行ってきました。遅くまで開いているのは助かります。
 
びっくりしたことが、2つありました。その筋の方々には常識なのかもしれませんが……。

レスター手稿の文字は、すべて鏡文字だった! 
 
ダ・ヴィンチは左利きだったそうですが、abcがすべて鏡に写した状態の「鏡文字」で書かれているのです。当然、アルファベットの横書き文章も「左から右へ」ではなくて「右から左へ」書かれています。動力や化石や天体などについて図入りでびっしりと書かれているこの有名な手稿は、すべて鏡文字なのです。

現在のレスター手稿の持ち主はビル・ゲイツ夫妻だった!
 16世紀初頭のこの文書は、代々お金持ちに所有されてきましたが、現代の持ち主は、なるほど、当然といえば当然なのかもしれませんが、毎日お世話になっているマイクロソフト社のこのご夫妻だったのです。きっとお金をかけて安全な場所に管理されているでしょうから、安心といえば安心です。

 手稿は薄暗い部屋に展示されていて、しかも細かい字のためほとんど見えません。光による劣化を最低限にするためです。しかし、ちょっと待っていると、時間差でひとつずつライトアップされるのです。そして何十秒かするとその明かりは消え、また別の手稿がライトアップされます。ライトアップの場所を頼りに、あっちに、こっちに移動して展示をみるわけです。手稿の内容を見るだけだったら、別の展示室で大きなスクリーンに映し出されていて、しかもわかりやすい解説が字幕などで表示されます。レオナルド考案の実験器具の再現もあり、手稿の実物以外の展示はとてもビジュアルで、気楽に楽しめました。 
 
レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452~1519年)は、フィレンツェ郊外のヴィンチ村に生まれますが、私生児でした。実母も実父も、それぞれ別々の相手と結婚してしまい、祖父に育てられます。そして13歳で美術工房に入り、20歳のときに一人前の職人として認められます。
 その後は画家としての人生を送るのですが、後年自然科学への興味をつのらせ、さまざまな観察や発見、発明、考案をするのです。その時代の人がまだまったく理解していなかった物理学的・地学的な看破、執拗とも偏執的ともいえる研究は、一般人から見たら異様だったのではないでしょうか。少なくとも相当「変わり者のじいさん」だったはずです。20歳代で何人かと共に「ゲイ疑惑」で裁判も受けていているくらいで、生涯独身だったのでしょうか。家族も知らず、多分女性とも縁が薄く(男性とは縁があったかも?)、自らの好奇心の赴くままに自然観察や研究に没頭した500年前のイタリア人レオナルド。人間像も想像できて、少しだけレオナルドに近づけた一夜でした。
 
そうそう、六本木ヒルズの木々のライトアップも見ました。発光ダイオードなのでしょうか、青い光が白に変わり、そしてすっかり消え、と点滅を繰り返すけやき並木は、たいへん幻想的でした。

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黒の革靴ブルース

私は同じ靴ばかり履いてしまいます。いつも「黒の革靴」。確固たる信念があるわけでも何でもなく、単にズボラだから。楽だから。それに合わせて、バッグもほとんどが黒です。先日、作曲家の秦万里子さんに「黒のタートルブルース」なる歌があると新聞で読み、思わず笑っちゃいました。何にでも合い、汚れも目立たない無難な黒のタートルばかり着てしまう女の現実を歌っているそうで、私の革靴もそれとまったく同じ。ズボラなだけなのに、ファッショナブルにも見えちゃう黒の威力って、確かにありそうです。ついでに言えば、黒のタートルも黒のズボンもよく着るなあ……。黒をファッションに高めた(?)川久保玲が多くの支持者を得たのも、ファッション&ビジネスセンスもさることながら、この「着る人間の現実」に、実にはまっているところもあったのではないでしょうか。

さて、今日は一張羅の「黒の革靴」がすりきれ、穴まで空いてきたので買い替えました。全く同じものを求めて某店へ。私は右足と左足のサイズが0.5ミリは違い、いつも苦労します。で、同じものを試着したのですが、サイズが合わない!。右はきつく、左はぴったり。そうだった、思い出したよ、今の靴だって数年前に買ったときはそうだった。それを履き潰しているうちに、ぴったりサイズになったのでした。

さらに思い出しました。片足がきついのはカナワンと、その後ワンサイズ大きい黒革靴を購入。しばらくゆったりと履いていたら、ゆるすぎるほうの足にウオノメの気配が! 調べてみたら、ウオノメというのは、ゆるい靴を履いていると形成されるのだそうです。予防には、ぴったりサイズの靴、できれば足の甲をしっかり固定する紐靴が最適とか。慢性ウオノメ・キーパーになるのは御免とばかり、清水の舞台から飛び降りるつもりで(それほどでもないか?)、シュー・フィッターのいる専門店で足にぴったりの高い紐靴を買ったこともありました。でも、紐って面倒なんですよ。ほどけにくい結び方というのがあって、その方法で結ばないとすぐほどけ、でも結ぶには時間もかかり……、ってわけで、ウオノメ・ベイピーが自然治癒するや、あまり履かなくなって、この「黒の革靴」に逆戻り。

などと、店頭で過去の追想にふけりつつ、合わない靴に最初から大枚を払うのも能がないと、「同じく3Eのウォーキングシューズで、他の木型の靴はないでしょうか?」と聞きました。すると出てきました。2種類、3種類……。試着すること数回。そしたら、試してみるものです。なんと左右ぴったりの靴が2種類もありました! 滅多に靴屋などに出向かない私、えいっとばかり2足購入。しかもそのうち一足は、色違いの茶色にしました。ズボラもほどほどに、という自戒もこめて……(しかし、茶色のバッグも必要になるゾ、どうするんだい?)。

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ニュー・オーリンズ被害―State of Emergency

ニュー・オーリンズが大変なことになっています。フランス人植民地として、ミシシッピ河口の湿地に発展していった都市。しかし、こんなにも完璧なゼロメートル地帯とは知りませんでした。

CNNニュースを見ていると、あまりの救援の遅さや希望のなさ、不手際に皆が怒っています。避難民を移動中のバスにも事故が起きて、死傷者まで出ているそうです。やっと州兵が到着した避難所のひとつ国際会議場では、暴動が起こりそうな不穏な状況だそうです。

今起こっている問題の多くに、人種問題や防災を軽視してきた政策がからんでいます。避難勧告が出ても避難しなかった人たちは、移動手段の車もなく、避難先で必要となる当座の余分な蓄えもない人たちで、ほとんどが黒人です。避難できなかったのです。また日頃からの防災教育もなく、放置されていたのではないでしょうか。災害が起こらなければ表沙汰にならなかったニュー・オーリンズの諸問題(貧困、教育、就労、防災など)が一気に暴露されているような、そんな印象を受けます。

豊かな国アメリカには貧困が共存しています。ディスカウントショップにはただ同然の服があふれているのに、その服も買えない人たちがいます。私がアメリカでいた北部の町では、クリスマス前になると地元新聞は、寄付のキャンペーンをはり、ダウンタウン(旧市街)の教会に保護されているホームレスの人たちの逸話を紹介するのが常でした。ホームレスといっても、乳幼児連れの女性ホームレスもいるのです。そしてそれはたいてい黒人なのです。冬は零下20度になる都市で、幼児用の中古のスノージャケットやスノーブーツの寄付が優先して呼びかけられていました。そういうものを読むと心が痛み、私も子ども服を送りました。ニュー・オーリーンズでもおそらく同様の2極分化があることでしょう。人種偏見が根強く残る南部ですから、私のいた北部の都市よりそれはもっと強いかもしれません。

インド洋で津波被害があったときは、各国救援隊が駆けつけました。アメリカは文明国だから、そういう動きはありません。文明と自由を誇る強力な国家が、国内の被災民にこんなにも無力だというのは、一体どうしたことでしょうか。あまりにも人智を超えた自然災害だったということでしょうか。

ディキシーランド・ジャズ発祥の地として世界の観光スポットになっていた美しい町の表皮が今めくられて、その中から何が見えてくるのか、見守っているところです。被災民に、資救援物資だけでなく希望を与えてほしいです。

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