クリスマスシーズン到来

santas  いよいよ、クリスマスシーズン到来。ロックフェラーセンター前のクリスマス・ツリーが、11月30日に点灯されたそうです。これは日本でも必ずニュースで報道されます。
 ニューヨーク・マンハッタンの中心地(日本でいえば東京・銀座4丁目?)に、毎年11月半ばころになると、巨大なツリーが設置されます。この木は、トウヒの一種「ノルウェー・スプルース」という種類に決まっているのだそうです。今年のツリーはニュー・ジャージー州産で、高さ22メートル、幅12メートル、重さは9トン! これを運んだのは、長さが35メートルもある巨大トレーラーだそうです。35メートルのトレーラーが、ニューヨークのビルの谷間の狭い車道をどうやって走ったのか・曲がったのか? もう職人芸ですね。
 点灯式は、NBCの2時間の生番組で中継され、全米の注目を浴びるなか、盛大にライトアップされたそうです。この「儀式」は1933年に始まり、今年で73回目だとか。
 さて、わが家は今年はどうしよう! クリスマス・ツリーを「置く場所」を作るために、何かを片付けなければ……(上記写真は、Ohio州からやってきた、わが家のサンタさんたち)。

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クリスマス・ツリー

六本木ヒルズが、もうクリスマスのライトアップだそうです。テレビニュースでは、けやき並木がライトアップされていました。これを電気の無駄遣いと見るか、単純に季節の風物詩と楽しむべきか? 私はどうも後者です。ライトアップを見ると、「クリスマス」が象徴する「うきうき感」とでもいうべきものが、毎日の出来事に疲れた心身をちょっとは癒してくれることもあるような気がして、「エネルギーの無駄かもしれないけど(どのくらい無駄なのだろう?)、楽しい気分」になってしまいます。でも、アメリカだと11月末の感謝祭が過ぎないとクリスマス商戦が始まらないので、11月初めというのは、あまりにも早いクリスマス演出ではあります。

クリスマス・ツリーというのは、本来、「お正月の門松」に相当するナマモノ・縁起モノだというのを、アメリカで実感しました。12月になると、「こんなところに店があったっけ?」というような空き地に、モミやマツのホンモノの木を切ってきたものが所狭しと並びます。ちょうど日本でお正月飾りを売る露店が出るような感じです。太い針金を丸くしてモミの枝をからめたリースも地面に山と詰まれます。木の種類は結構多様で、香りもさまざまで、白味を帯びた葉のモミが一番香り高かったような気がします。

こういうスポットが、週末になると買出しの人と車で混雑。泥んこの地面に立てかけられ、置かれたツリーやリースを丹念に品定めして、買って行きます。長いモミノキをピックアップトラックの荷台にのせたり、後部トランクを開け放ってツリーを押し込んだ乗用車が街を走るのは、クリスマス前の風物詩です。

これを自宅で立てるのですが、生の木用のスタンドホルダーがちゃんとあり、根元に水を張るようになっていますが、葉がちくちくと痛いこと。軍手をしてもまだ痛い! またリースはドアにかけます。なんのことはない、お正月の門松と注連飾りという感じです。木からもリースからもよい香りがします。また、少し時間がたつとぱらぱらと葉が落ちてくるのも生の木ならでは。ドアやクリスマスツリーの周囲は、落ちた葉の掃除が欠かせません(だって、はだしで踏むと痛いですよ!)。

12月になると日本でも必ず報道されるのが、「ニューヨークのロックフェラーセンター前に今年もツリーが立ちました」というニュースですが、この巨大な木も、もちろん生の木です。半年以上かかって全米の森から品定めして選定し、伐採してくるのだとどこかで聞きました。環境保護の視点から、毎年、巨大なモミノキを使い捨てで切ってしまうのはどんなものか、という議論もあるようです。だけど、どうなのでしょう。これをプラスチック製の模造ツリーに変えても、やはり石油資源の無駄遣いと言えるかも。こういう「モッタイナイ議論」をお祭りや慣習行事に当てはめることは、なかなか難しい問題です。ヒトの集団が暮らしていく上での「祭り」の効用は、結構あなどれないのでは……。

さて、私が最もびっくりした生のクリスマス・ツリーは、私に英語を教えてくれていたデビーの家のツリー。デビー夫妻はあるとき、私たちの住む同じアパートを出て、ダウンタウンに一軒家を買いました。その初めてのクリスマスに「ツリーを見に来て」と呼んでくれました。若いアフリカ系米国人のデビーたちが買ったのは、中古の巨大な家でした。ダウンタウンのそのあたりは、古きよき時代は白人の住処でしたが、今は治安面から空き家も目立ち、白人で住む人はほとんどいません。そんな中、木造3階建ての素敵な造りの家は、やや古いながらも夢のような広さです。でもこれだけ広いと冬の暖房費は馬鹿にならないだろうな、なんてことも考えながら居間に案内されると、びっくり仰天! 天井の高さが3メートルはある居間に、そのほぼ天辺に達するような巨大なクリスマスツリーが屹立していました。もちろん real tree、生の木です。「これ、運ぶの、結構たいへんだったのよ」とデビー。「しかも、立ててみたらツリーが大きすぎて、てっぺんをちょっと切ったの」とうれしそうに説明してくれました。初めて一軒家を構えたデビー夫妻の手放しの喜びが、まっすぐに伝わってくるようなクリスマス・ツリーでした。

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シャイなアメリカ人

手作り料理の達人ドロシーは、古きよき時代のアメリカを感じさせてくれる、今どき稀有なアメリカ人でしたが、アパートの隣人リチャードも、日本人がイメージしがちな「陽気なアメリカ人」というステレオタイプをはずれた人でした。

リチャードの妻である隣の奥さんは、美人でてきぱきした高校の先生。フランス語を教えていて、マイナス20度でブリザードが吹き荒れる日だろうが、街中大停電の日だろうが、朝早く出勤してしまいます(当たり前といえば、当たり前ですが)。そしてリチャードはというと、「あの人、シャイで、家にいるのが好きなの。一日中コンピューターに向かってビジネスね」という話で、確かに姿を見かけることはほとんどありませんでした。会うといつもにこにこ笑顔を返してくれますが、会話をした記憶はありません。隣家の郵便がわが家のメールボックスに紛れ込んだことが何度かあり、確かにリチャードが何か販売しているらしい郵便物でしたが、オンラインショップの経営でもしていたのでしょうか。私などはまだそんな概念も知らない時代でした。

92年の夏頃、隣接するショッピングモールに大型コンピューターショップが誕生しました。それまでは、少なくとも自宅から半径5キロ以内というか、とにかく生活圏内に、一般人向けのパソコンショップなど皆無。アメリカの田舎町では、まだそんな時代だったのでしょう。それでも、キルトワークするおばあさんたちが、「最近は、うちの娘、コンピューターばっかり。キルトなんかに見向きもしないよ。あんた(私のこと)はえらい!(そう言われても……)」「いやいや、うちもそうなのよ~。でもねえ、今どき、コンピューターも出来ないと、就職にも困るしねえ」と、ちくちく針を動かして愚痴を言い合っていました。

さて、自宅近くにパソコンショップが出現してさらにびっくりしたのは、その店員の一人としてリチャードが勤務しはじめたことでした。他の店員と同様、揃いの緑の背広を着て、お客の相手をし、歩き回っている! そうか、リチャードは就職したんだ。よかった、よかった。でも、頭髪も後退気味で恰幅のよいリチャードが若い店員に混じって動き回る姿は、ちょっと微妙なものがありました。わが家も、そのショップでマッキントッシュを買ったのですが、広い店内だったので、リチャードに気づかれないよう、目立たないよう、買ったような気がします……。

そして予想通り、しばらくすると、店内にリチャードの姿はなくなりました。何故かほっとしました。無理することはない。あの店はリチャードの居場所ではない。本人をよく知らないながらも、そう感じました。自宅でパソコンに向かい、それなりのビジネスをして、活発な奥さんの帰宅を待つ毎日が、やはりリチャードには一番いいのです。今の日本なら、引きこもり系パソコンオタクなんて言われて、それはそれでステレオタイプに分類されそうですが、シャイなアメリカ人もいるのです。今頃どうしているのかなあと思いますが、やはりリチャードは毎日パソコンに向かい、多分定年退職した奥さんは、ドアのリース飾りに凝ったり、フランス料理の本を見ながら田舎風パンを焼いたり、忙しく動き回っているのではないかと想像します。

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マッキントッシュとアップルパイ

秋になると思い出すのが、マッキントッシュ・アップル。いえ、コンピューターのことではありません。アメリカのりんごの品種の話。

92~93年ころ、アメリカの地方都市に住んでいたときのこと。近所のアパートのドロシーというおばあさんに料理を習っていました。ペンシルベニア・ダッチの血をひくドロシーは、農場育ち。季節の素材に敏感で、チンすればいいだけの「テレビディナー」のたぐいが氾濫するアメリカで、電子レンジを所有せず、既存の冷凍食品も利用しないという、頑固な手作り派でした。秋になると「公園でヒッコリーナッツをたくさん拾ってきたから、今度はこれでケーキを作りましょう。この季節、一回はこれを食べなくちゃ。でも、これ、殻をむくのがたいへんでね。あ~、なんてたくさんあるの! 来週まではとても無理ね!」という具合。ヒッコリーナッツがどんなものだか知らなくても、それを食べないといかにも季節に乗り遅れ、損をしてしまうような、そんな気分にさせてくれるおばあさんでした。

そのドロシーに、「今度、アップルパイを教えて!」と頼んだのが93年の夏の初め。するとドロシーは「ダメダメ、今は季節じゃない。秋になってマッキントッシュが出てこないとね」「え?」「マッキントッシュ・アップルのこと。酸味があって、それがいいの。やっぱりアップルパイは、これでなくちゃね」という、こだわりよう。そして9月末か10月、私の帰国直前にやっと、アップルパイの講習が行われたのでした。

その当時、家で使っていたコンピューターはアップルのマッキントッシュ。まだインターネット接続もせず、しかも英語版なのでワープロソフトを使うことも少なく、私はせいぜいゲームやお絵かきをするくらいでした。何年かして「そういえば?」と気づいたのが、アップルとマッキントッシュの関係。「マック」はりんごの品種名から来ている? いまだにこの疑問は解消しないのですが、これってアメリカ人にとっては、説明の必要もないような自明の理なのでしょうか? 

「マック」のノーパソの上に、マッキントッシュ・アップルを載せている映像を見つけました。まことに勝手ながら、katateさんのブログを紹介させていただきます。やはり今がマッキントッシュの季節なんですね。http://blog.melma.com/00111068/20051001102823

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アイルランドといえば―St. Patrick's Day

ジョセフ・ラムがアイルランド系だったことに関連して、アイルランド人のお祭りについて。アイルランド色の濃い環境で育ったはずの移民一世ジョセフ・ラムも、この祭日を家族やコミュニティーで祝ったのではないでしょうか。

アメリカのショッピングセンターなどでは、クリスマス商戦が終わって年が明けると2月のバレンタイン・デー商戦になり、お店はピンクのハートで埋めつくされます。そしてその次にやって来るのが3月17日前後のセント・パトリックス・デー商戦で、お店の飾りつけも緑色一色になります。4月の(3月末のこともある)イースターの前のやや地味なお祭りですが、これはそもそもアイルランド人のお祭りで、今でも米国在住のアイルランド系の人たちは、アイルランドのシンボルカラー緑色を掲げて、お祭り騒ぎをするのです。

アメリカにいた頃のことです。3月の初めころ、子どもが幼稚園のアートの時間に作ってきた貼り絵が奇妙でした。全員がいっせいに同じ型で同じ絵を作るのですが、画用紙の真ん中に大きな黒い鍋の切り絵が貼ってあって、そこから虹が出ている……。これは一体何だ、と思いました。聞いてみると「ポット・オブ・レプリカン?」。ますますもって意味不明。

人に聞いたり調べてみて、ようやくわかりました。レプリカンLeprechaunはアイルランドの妖精で、緑色の服を着た小人でした。金貨を黒い鍋に溜め込み、虹の根元に埋めているのだそうです。アイルランド人のお祭り、セント・パトリックス・デイにちなんだ工作なのでした。そして聖パトリックというのはアイルランドの守護聖人で、アイルランド人にカトリックを伝えた人。緑色のクローバーの葉も、この日の象徴です。いざわかってみると、レプリカンはアメリカのアニメにもしばしば登場し、アイルランド系の人でなくても誰でも知ってるのです。http://rosalin.tripod.com/chaun.html

そういえば、Clover Leaf Ragというのがありました(1905年と1909年)が、あれはアイルランドとかSt. Patrick's Dayに関係があるのでしょうか?(7月30日の記事参照)

アイルランド系移民についてのサイトを見つけました。ジョセフ・ラムの両親も、1840年代のジャガイモ飢饉をきっかけに移民してきたのかもしれません。http://www.inj.or.jp/seanachai/ireland/05america.html

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Raggedy Ann その1

アメリカの田舎町に3年近く住みました。最初に生活物資をそろえるのですが、まあ、お金のないせいもあり、どこの店に行っても中国製の安物ばかり。大量の食品が並ぶ巨大スーパーにもおいしい食べ物は少なく、ケーキは最悪にまずいし、もののわかった人は性能のよい日本車に乗っている。自然はすばらしいのですが、人の作ったものでアメリカに「何かよいもの」はないのか? しかし、しばらくして見つかってきました。家具やカントリーグッズ、伝統のキルトなどがそれです。

ある日、手芸店の小冊子で見た人形の写真にひきつけられました。赤毛の髪がボサボサのいかにも大雑把に手作したという感じの人形。これを何としても自分で作ってみたいと思いました。それが Rageddy Ann でした。日本語にすれば「ぼろきれ人形のアン」でしょうか。そっくりに作りたいと思いました。型紙は売っているのですが、写真のように古色を帯びたビンテージ風の生地が見つかりません。そのうち紅茶で染めて古色を出す方法を知りました。また、ある日、さらに田舎に行った場所に一軒家のキルトショップを発見。そこにはあらかじめ古色を帯びたようにプリントされたコットン生地が並んでいて、私には宝の山でした。私が選ぶ生地を見て、お店の人に「あんたは、カントリー・カラーばかり選ぶね」と言われました。それで、こういう生地をカントリー・カラーと呼ぶことを初めて知りました。19世紀以来の生活様式を守って電気もガスもない農耕生活を送る Amish の人も生地を買いに来るような店でした。その店で念願の赤白ストライプの古色生地(靴下用)も入手し、数カ月がかりで人形ができました。手足の先には香りをつけた米が入り、重さがあるのでいろいろな姿勢をするときに表情が出ます。また服に隠れて、左胸には I love you.の文字とハートのマークがあり、おへその部分には白いボタンがついています。 ( 1992, Made in U.S.A.. See the profile picture. )

なお、Raggedy Ann は、日本ではほとんど「ラガディ・アン」と表示されています。私のニックネームはちょっと違えて、ラゲディ・アンです。コメント等をくださる方、長くて面倒なら「ラゲディ」とだけ呼びかけてください。どうぞよろしくお願いします。

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