Ernesto Nazarethと「Dengoso」

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ブラジルの作曲家エルネスト・ナザレ(1863~1934)の「デンゴソ」という曲の楽譜を、手に入れました。1914年の出版で、アレンジはArthur Lange。
アメリカで出版されたピアノ譜です。
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ナザレは「ブラジルのショパン」とも、「ブラジルのスコット・ジョプリン」とも、
また「ブラジルのタンゴの父」とも呼ばれる音楽家で、200以上の作品を残しています。
アメリカで2拍子のラグタイムが発生した同じ頃、
ブラジルのリオデジャネイロでは、2拍子のタンゴが生まれたと言われています。
(アルゼンチンよりもタンゴの発生が数年早いというのが、ブラジル人の説!)
ナザレには、哀愁を帯びたしびれるようなタンゴの小品が数多くあります。
一方、ショパンを思わせるような美しいワルツも。
スコット・ジョプリンとは5歳違いの同時代人……。
アメリカのラグタイムには、スコット・ジョプリンの「Solace」をはじめ、
中南米音楽のリズムを取り入れたものもあり、
その影響は想像以上に大きかったのではと思われます。
アメリカの現代ラグタイム作曲家からは、
エルネスト・ナザレは特別な尊敬を受けています。
CDに収録されいてるピアノ曲も、数多くあります。
その割りに、日本では知られていません。
ピアニスト舘野泉さんが弾いたアルバムがありますが、
舘野さんは日本人ながら、フィンランドをベースとする音楽家です。
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私がナザレを知ったのは、ジョシュア・リフキンのアルバム「Rag and Tango」でした。
James ScottとJoseph Lambのラグタイム曲に混じって、
ナザレのピアノ曲の美しいナンバーが、
何の違和感もなく並んでいて、一気に魅了されてしまいました。
その後、ナザレが弾きたくてナザレの楽譜集を可能な限り手に入れたのですが、
ナザレには未出版曲も多いそうで、
まだまだブラジルの図書館なりに個人宅なりに埋もれている曲が多いかもしれません。
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そうした中、「Dengoso」を知ったのは、
ラグタイム時代(19世紀末から1920年くらいまで)のダンスのジャンルに、
「maxixeマシーシュ」というものがある、ということからでした。
このマシーシュの曲のひとつに、「Dengoso」が挙げられていたのです。
映画「カッスル夫妻」(1939)の中でも、バーノン&アイリーン・カッスルが踊る場面で、
この曲がオーケストラ演奏されています。
2拍子でサンバのようなリズム?
http://www.youtube.com/watch?v=7nFnecYsD3A
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この「Dengoso」という曲、
今まで、どのナザレの楽譜集にも見かけなかったのですが、
運よく、上の写真の楽譜を見つけることができた次第です。
これは1914年の出版で編曲者名が書かれていますが、
Dengosoは1907年の作とされている場合もあり、
1907年の楽譜がどんな形態だったのかは、私としては今後の課題です。
また、この記事を書くために、Wikipediaを見てみたら……。
Dengosoには(atribuída a Nazareth) と付記されていました。
「ナザレの曲とされている」!?
ナザレ作と確定していないということなのでしょうか。
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さらに、この楽譜、カラーの表紙では「Dengozo」と書かれていますが、
楽譜の冒頭でのスペルは「Dengoso」です。
他の記述からも、「Dengoso」の方が正しそうです。
英訳すると「affected」だそうで、「影響された」?
「深く感動した」「悲しみに打ちひしがれた」「きざな、気取った」などの意が英語ではありますが、さて、ポルトガル語ではどんな語感なのでしょう?
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さて、楽譜を実際に弾いてみると……。
この時代の大判の楽譜は、本当に大きい!
ピアノの譜面台に立てると、ちょうどアップライトの蓋の下ぎりぎり。
というか、ピアノの設計がこのサイズの楽譜に合わせてあるのかもしれません。

ヴィンテージ楽譜は相当もろくなっているので、弾くには複製が必要です。
しかし、コピーするにも相当気をつかいそう……。
そこで撮影することにしました。
jpegファイルをA4に印刷して、very good!
これで弾いていきたいと思います。

曲はうきうきするような陽気さで、悲しい感じではないです。
左手のリズムは、ナザレのタンゴ「オデオン」のBセクションと同じパターン。
これ、なかなか忙しいのですが、楽しく弾いてみたいです。
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1914年は、日本では大正3年。
この時代のカラー印刷は、独特の色調があり、
アメリカのものも、日本のものも、どこか共通するものを感じます。
ラグタイムのオリジナル楽譜も少し集め始めましたが、
書籍やネット上で見るのと、実物を見るのとでは大違い。
多少ボロボロでも、その色、質感、斬新なデザイン、
どれもこれも、魅了させられてしまいます。
「Dengoso」の表紙は、何を描いているのでしょう。
水たまりと花?
これが何か想像するのも、また課題です~♪
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本日、改行が出来ずにエラーとなってしまうため、
罫線を入れました(汗)。

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David Thomas Roberts Piano Solo公演

Dtr いよいよ、デヴィッド・トーマス・ロバーツの来日が迫ってきました。日本初のピアノ・ソロ公演です。ラグタイム・ファンにとっても、ピアノが好きな人にとっても、新しい音楽に興味を持つ人にとっても、発見と感動を与えてくれる公演になるだろうと期待しています。

デヴィッド・トーマス・ロバーツ氏というのは、米国ミズーリ州在住の作曲家&ピアニストです。同時にシュールレアリスティックな画家であり、詩人でもあるというアーティストです。その作曲は、アメリカ伝統音楽のひとつであるラグタイムを基盤に、ラテンアメリカ要素の強い「テラ・ヴェルデ」音楽、クラシックのロマン派の要素、アメリカンカントリー音楽の要素、クラシックの現代ピアノ曲を思わせるものまで、多彩です。でも、理屈は知らなくとも、掛け値なしに、リズミカルで、ときに静謐で、色彩に富んだ素晴らしいピアノ・ソロが堪能できることは確かです。

私は、もう今からわくわくしているのですが、首都圏で行われる三公演のうち、どれに行こうか考えている方のために、それぞれの公演の特徴を書いてみたいと思います。

ロバーツ氏の演奏内容は、基本的にどの公演も同じだということですが、オープニング・アクトの内容などが異なります。また会場には、それぞれ特徴があります。

●10月27日(金) TOKYO スタインウェイサロン 松尾ホール 19時開演 
 
デヴィッド・トーマス・ロバーツ氏、来日してすぐの初日公演です。初めて踏む日本の土地、東京の風景を感じて、また、日本の象徴的存在でもある皇居を目の前にした会場で、どんな演奏をしてくれるでしょうか。
 オープニング・アクトは、公演主催者であるオタルナイ・レコード浜田隆史さんのアコースティック・ギター演奏。ギターでラグタイムをこれだけ弾きこなす方は、日本では珍しいのではないでしょうか。ラグタイムを弾くために(それだけのためではない?)、ギターは独特の変則チューニング。クラシック・ラグだけでなく、デヴィッド・トーマス・ロバーツの曲や、浜田さんオリジナルのラグタイム曲もレパートリーにお持ちなので、何を演奏していただけるのかも楽しみです。
 会場は、スタインウェイピアノを輸入している松尾楽器のショールームに隣接した小ホール。日比谷公園のまん前のマリン・ビル地下という、絶好のロケーションです。地下鉄通路からホール入り口まで連結しています。
 座席数は、ピアノの鍵盤の数の88席。使用ピアノはもちろんスタインウェイのグランドピアノで。楽器商自らのホールで、メンテナンス等は最高でしょう。

●11月1日(水) SAITAMA さいたま市民会館うらわコンサート室 19時開演
 名古屋公演(10月28日)、大阪公演(10月29日)を終えた後、2日間のオフ日で充電したあとのコンサート。東京を感じ、関西の風土を体験した後で、古い宿場町浦和で、デヴィッドさんの演奏に何か変化が現れるでしょうか? 
 オープニング・アクトは、上記と同じ浜田隆史さん。
 会場は、市民会館の7階にある130席ほどのホールです。
 会館までは駅から徒歩5分。浦和で一番立派なホテル「浦和ロイヤルパインズホテル」と向かい合わせで、繁華街のはずれにあります。浦和は江戸時代、中仙道の宿場町として栄えました。会場に向かう途中の町並みは、昔をしのばせるものもあります。老舗のうなぎ屋さんもおすすめだし、上記のホテル一階のビュッフェも、気軽で美味しくて地域の人気スポットです。アクセスは上野からわずか18分、赤羽からは8分です。

●11月2日(木) TOKYO 日暮里サニーホール コンサートサロン 19時開演
 
浦和公演の翌日、荒川区日暮里で、デヴィッド・トーマス・ロバーツ氏、首都圏最後の公演です。このあとは札幌公演後の帰国が迫っています。日本でのツアーにも、名残惜しくなってきた頃でしょう。JR駅沿いに飲食店や薬局やパチンコ屋がこまごまと並ぶ風景は、東京の下町の駅前風景の原点? しかし会場のあるホテルのビルの中だけは、シャンデリアの明かりに照らされた別空間です。
 この日のオープニング・アクトは、ロシア人のラグタイム・ピアニストAlexei Rumiantsev 氏と、奥様でヴォーカルのHiromi Rumiantseva さん。日米露のインターナショナルな顔合わせです。アレェクスェイ氏の弾くラグタイムは、ぴか一。日本在住ではおそらく唯一の、ラグタイム・ピアニストを名乗る演奏家でしょう。またヴォーカルの裕美さんは、この時代のスタイルで、ラグタイムソングを歌ってくれます。ラグタイム研究にも熱心で造詣が深い一面、素敵な衣装でいつも驚かせてくれたりします。ラグタイムソング・シンガーというのも、日本では他にいないでしょう(世界でも珍しい?)。
 日暮里サニーホールはクラシックの演奏会にもよく利用される人気のホールです。併設のコンサートサロンは定員100名のアット・ホームな空間です。ピアノはスタインウェイのコンサートピアノ。スタインウェイは、デヴィッドさんの最も好きなピアノだそうです。
 アクセスは駅から3分で、ホテルラングウッドの4階にあります。

 このほかに、次の公演があります。
●10月29日(日) NAGOYA 名古屋 バラダイスカフェ 19時30分開演
●10月28日(土) OSAKA 大阪 メイシアター小ホール 19時開演
●11月4日(土)  SAPPORO 札幌 ヤマハフィールズ 19時開演

 また、会場では、デヴィット氏の楽譜やCDの販売もあるそうで、それも楽しみです。

★詳細やチケットは、主宰者のオタルナイ・レコードにお問い合わせください。
http://www.geocities.jp/otarunay/david.html

★David Thomas Roberts氏の米国サイトはこちら。
http://www.davidthomasroberts.com/

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Maria Antonieta Ponsの演奏

7月末に、自分のピアノ演奏をスタジオ録音しました。ラグタイムのオムニバスCD参加のための録音です。

音楽教室のサロンを2時間レンタルし、録音装置としてノートPCとEdirol持込み。マイクは教室で設置してくれました。手持ちのマイクよりずっと性能のよいステレオマイクでした。ピアノはヤマハグランドのS6A。弾き手以外は、相当いい環境です。これで、David Thomas RobertsのMaria Antoineta Ponsを7回録音しましたが……。

あ~、やっぱり「集中力ないなあ」というのが実感。全曲で約7~8分という長丁場なので、どうしても途中で意識がとんで、間違ってしまいます。どこかで、ふっと違うことを考えてしまうのです。
というわけで、収穫は「完品ゼロ」。
う~ん、どうしようかな~。

家に帰って、初めて「お試し編集作業」もしてみました。そう、「間違った部分の波形を他のテイクのものと入れ替える」のです。「削除」と「コピペ」でできちゃうんですよね。それなりに面白かったけれど、なんかな~。

スタジオで弾いたとき、自分なりに精神統一(のつもり)をしました。広々としてエアコンがきいて明るい防音ルーム。この曲を聞いてもらいたい亡父や、映像で見たマリアさんも思い浮かべ、ルンバを踊っている姿も想像しました。この「統一」が一番うまくいったのが2テイク目。その後は、回を重ねるごとに演奏が雑になっていったような……。

亡父は、私の演奏は必ず聞きにきてくれました。幼い頃から大人になってのピアノ再開後に至るまで。お茶の水のヴォーリスホールでTake the A trainを弾いた10年前くらいが最後だったかなあ……。いつも「おまえの弾いたのが(出演者中で)一番よかった」と言うのですが、それが気休めやお世辞に聞こえたことは一度もありませんでした。「事実」ではないのですが、父の心の中では「真実」だったのでしょう。いつも、それを素直に嬉しく思いました。

父は戦争中に大学時代を送り、サークル活動の管弦楽でヴァイオリンに熱中していました。大学に憲兵が派遣されていた時代で、「洋楽を演奏するとは、何事か~!」と部室に怒鳴り込んでくることもあったとか。そのときはベートーベンやモーツァルトに切り替え、「同盟国ドイツの音楽であります!」と切り返し、憲兵さんを煙にまいていたそうです。

そんな音楽好きだった父に、ぜひ聞いてもらいたい曲がこれでした。スタジオ録音中、あちらの世界から聞いてくれたかな?? もしそうだったら、きっと「おまえの演奏はとてもよかった」と言ってくれたでしょう。

しかし、よくないんだよな~、演奏が! 

明日は、同じサロンでもう一回「人前演奏」をします。録音はできないけれど、この曲の面白さを感じてくれる人が一人でもいたらいいな~、と思いで演奏します。さてさて、「あ、面白い曲だな」「弾いてみたいな」という人が出てきたら、うれしいな。だって、本当に弾いていて面白い曲なんだもの。

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ピアノ曲「Maria Antonieta Pons」 by David Thomas Roberts

これは、米国人作曲家David Thomas Robertsが1986~87に作曲したタンゴ風の曲。
ホ長調(シャープが4つ)の非常に陽性の明るい曲で、
AABACDという構成で、速いテンポで進んでいきます。
これを、来週の発表会で、ピアノソロで弾きます。

この曲に出会ったのは昨年12月。日本ラグタイムクラブの総会です。
大矢さんご持参のDVDを見て、ビビビっと衝撃が走りました。
ラグタイムとラテンの融合。
いわゆる普通のタンゴのイメージを越え、華やかで躍動感に満ち、
それでいて移り気で、
一瞬のうちに影を帯びたり、コケティッシュにとぼけたりする、
なんとも魅惑的な曲でした。
DTR氏のエネルギッシュな演奏とともに、ただひたすら「すごい!!」と圧倒され、
自分が弾くなどということは、これっぽっちも思いませんでした。

録画は、アメリカのケーブルTVのものらしく、
司会でガイド役のFrank French氏からのインタビューも含めて、
作曲者のDTR氏(と省略します)自らが、
小ぶりのグランドピアノで自作を披露する番組でした。

さて、年が明けてDTR氏のサイトを見たりするうちに、楽譜が買えることを発見。
いてもたってもいられなくて、注文しました。
曲集3冊なので、中に何が収録されているかもわかりませんでした。
そして、到着してみると、
なんと、そのMaria Antonieta Ponsの譜面が含まれていました。
なんだかひたすら長く(14ページ)、
♯も多いし、装飾音も多いし、左手の音はオクターブ以上に飛んでるし、
楽譜を見ての第一印象は、「リストのラ・カンパネラ並み」。
いつか弾けるようになるといいなあと他人事のように思って、
他の曲を練習していました。

そして3月に入り、、6月の発表会が迫りました。
曲目選択を迫られ、
いきなり、「そうだ、一番弾きたい曲をやろう。まだ4ヶ月あるし」と決心。
弾きたいんだから、弾けるのではないか?
数年前弾いたショパンの幻想即興曲だってそうだったんだし……。
そこで、いざ弾き始めました。
そうしたら、見かけよりはず~っと「手が届く」曲でした。
とても弾きやすいのです。ピアノで弾きやすい曲というか……。
「ら・カンパネラ」並みは取り消し!
それが何故かはまだ不明ですが、
ピアノを知りつくしたDTRさんの作曲が、そうなっている?

DTRさんは、愛着を感じた土地や場所からインスピレーションを得て、
よく作曲するそうです。
土地のスピリッツを奏でる吟遊詩人?
しかし、この曲は土地からでなく、人からインスピレーションを得ました。
タイトルの名のキューバ人ダンサーの映像をテレビで見て、
それをもとに作曲されたのだそうです。

Maria Antonieta Ponsってどんな人だろう?
そうしたら、わかりました。
とても有名なダンサーであり、映画出演もしているようです。
キューバ生まれですが、
成人後はその人生のほとんどをメキシコで過ごしたようです。
キューバやメキシコでは、知らぬ人はいない、という人かもしれません。

本日付けの、もう一本の記事でご覧ください。

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ダンサー「Maria Antonieta Pons」(1922~2004)

マリア・アントニエッタ・ポンズは、1922年6月11日、キューバのハバナ生まれ。2004年に82歳で亡くなるまで、60年以上をメキシコに暮らしました。

ハリウッド女優と見まがうほどの美貌と、すばらしくしなやかな体と激しい動き。たぐい稀な天性のダンサーといえそうです。独特のダンススタイルを創造し、それは1950年代まで続いたとか。装飾たっぷりの衣装とそのダンススタイルから「トロピカル・クイーン」と呼ばれた数人のダンサーがいたそうですが、彼女もその一人だそうです。

特筆すべきなのは映画出演。42年からの20年間だけで50本以上の映画に出演しています。彼女の出演により、ルンベーラ(rumbera)というトロピカル・ダンス映画のジャンルが確立されたそうです。

彼女の「ルンバ・クイーン」としての妖艶なダンスシーンがハイライトで見られる映像はこれ。いきなり入浴シーンから始まりますよ~。
http://video.google.com/videoplay?docid=3605817662238888038

腰、胸、足と体の動きを見ていると、やはり天才だと思います。

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小松亮太&タンギスツ

tango_glass  今、小松亮太&タンギスツの演奏会から帰ったところです。タンゴの生演奏を聴いたのは初めてですが、いきなりものすごい演奏に出会いました。ラッキーな出会いというべきでしょうか。ある予感がして、かなり前にチケットを求めていました。もちろん即完売でした。今日の会場ももちろん満員。そして……。
 何と言うか、言葉がありません。この内容を言葉にするには、少し時間がかかりそうです……。明日以降、ここに書き足す予定。

 というわけで、ここからが加筆部分。
 バンドネオンとピアノの切れ味が凄い―凄いを通り越して凄味ーそれがステージ始まってすぐの第一印象でした。強烈なアクセントと思い切ったリズムの切れ、これがタンゴの特徴なのか、と思いました。キンテットすなわちクインテットの編成は、バンドネオン、バイオリン、ピアノ、ウッドペース、エレキギターの5人でした。いずれも(というか、バンドネオン以外は)楽器にマイクが接続されていました。だから、音量は大きくて音色はそれなりに電気系混じりです。この中で主にメロディーを「歌う」のがバンドネオンとバイオリン。バンドネオンが歌っていると思うと、いつの間にか音色が変わっていてバイオリンがそれを引き継いでいたり……。「歌うべきメロディーは思いっきり歌わなければいけない」ということが、よくわかりました。自分の弾いたばかりのブラジル風タンゴにも思い当たる部分あり。反省。
 ピアノも歌う部分はあるのですが、やはりリズムセクションであり、打楽器的要素が大きかったです。ロマンスグレイに金髪混じりのピアニスト&作曲家・熊田洋さんの指や足の動きを間近に見ることができましが、鍵盤を打楽器的に連打するときは、手首を立てて強烈に叩き、タッチがまるで違います。右から左、左から右へのグリッサンドも自由自在で、いろいろな手指の使い方をしています。切れるときもきっぱり切れ、本当に凄い。それでいてペダルはほとんど踏んでいて、小刻みに踏み変えています。
 熊田さんの作曲や編曲が多くありましたが、作曲された当初から100年経つという曲も、コンテンポラリーなサウンドで、おそらく別ものの曲になっていたと思います。昔の曲をそのまま演奏するのでなく、現代風にアレンジするよさというのが、わかりました。これなら受けます。ラグタイムにしても、こういう演奏の仕方・編曲の仕方があるのかもしれないと思いました。
 とにかく演奏も編曲もぴかいち。それがこの演奏会でした。M社提供のアルゼンチンワインは赤を飲みましたが、軽口で後味のよいワインでした。プラスチックグラスに、小松亮太サイン入りのシールが貼ってあったのは心憎い演出。「Love Tango ! 」の文字入りで、よいお土産になりました。

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ブラジル風タンゴ 曲目解説

これは、11月23日の某サロン・コンサートのための曲目解説です。ナザレのタンゴを2曲弾きます。

 タンゴというと、社交ダンスのタンゴやアルゼンチン・タンゴ、また現代タンゴの巨匠ピアソラ(アルゼンチン生まれ)のタンゴ曲などがよく知られているのではないでしょうか。しかし19世紀に誕生した初期のタンゴ、とくに初期の鍵盤楽器のためのタンゴは、あまり演奏されることもなく、知られていません。「ヨーロッパに渡って発展したコンチネンタル・タンゴに対して、本来のタンゴはアルゼンチン・タンゴである」という説明がよくありますが、ブラジル人によればタンゴはブラジルで1871年に誕生し、アルゼンチンより9年早かったそうです。
 ここで紹介するエルネスト・ナザレは、ブラジルの国民的音楽家で、生涯200曲ものピアノ作品を残しましたが、19世紀末から20世紀初頭にかけてタンゴのピアノ・ソロ曲を多く書き残しています。

<曲目解説>
オデオン Odeon (1910) :ブラジル風タンゴ。 リオの映画館「オデオン座」の映写用序曲として書かれた。冒頭の左手のメロディーは、ギターを模したものだという。
プランジェンテ Plangente (1922) : ブラジル風タンゴで、ハバネラ調。題名はポルトガル語で「悲嘆、悲しみ」の意。メランコリックな哀愁をを帯びたメロディーが特徴。

<作曲者>
エルネスト・ナザレ Ernesto Nazareth (1863~1934) 
               *クリックするとナザレの画像が見られます。
 
ブラジル、リオ・デ・ジャネイロ生まれ。ピアニストで作曲家。幼少からクラシックピアノの手ほどきを受ける。ショパンをたいへん好み、ポルカやマズルカを作曲するが、1877年(14歳)に作曲したポルカがヒットして、ポピュラー音楽家として演奏・作曲を始める。
 1909年(46歳)、自宅近くに映画館「オデオン座」がオープンし、ロピーでピアノを弾き始めて評判となり、新聞などで「ブラジル風タンゴの王」とまで称されるようになる。また、1920~24年はオデオン座専属として無声映画の伴奏オーケストラとして関わるが、このときヴィラ・ロボスもチェリストとして参加していた。ブラジル風タンゴ、ワルツ、フォックス・トロット、ポルカ、その他多くのポピュラーソングを作曲し、その数は200曲以上にのぼる。ヴィラ・ロボスは後年、ナザレのことを「ブラジル人の魂の化身であった」と絶賛している。
 19世紀末のアメリカではラグタイムが生まれたが、同じ頃南米のブラジルやアルゼンチンでタンゴが生まれた。両者は、その系統・音楽形式・誕生時期などの共通点から「従兄弟」の関係と説明されることもある。そのため、ナザレのことをラグタイム王スコット・ジョプリンになぞられて「ブラジルのスコット・ジョプリン」と呼ぶこともあるが、これはあくまでアメリカサイドから見た呼称である。
 なお、フランスの作曲家ダリウス・ミヨーに組曲「ブラジルの思い出」(1937)があるが、これはミヨーがブラジル滞在時、ナザレのオデオン座での演奏に触発され、後年作曲されたものだという。

<参考>

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今日はなんとか弾くことができました。聞きに来てくれた皆さん、応援してくれた方々、ありがとうございました。来たついでにジョプリンを2曲弾いて参加してくれた真奈美さんも、ありがとう!

↑ナザレの楽譜。表紙絵のダンサーの後ろのピアニストは、おそらくナザレのつもりでしょう。

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CD "Latin Travels 2"

 ラテンダンスの講習を受けること数回、いつもレッスン時に同じ音楽が流れています。たしかにラテン音楽なんだけれど、すごくモダンで、電子音も多くて、インストラメンタル中心で。とくにその中の電子音系の曲がとても気に入り、どこかで昔聞いたような気もして、何か知りたいと思いました。
 で、先生にCDを見せてもらいました。「NYで買ったから手に入るかしら……」とのことで、ちょっと見るとHMVのロゴ入りで、限定品だったら無理かもしれないと思ったのですが、日本のアマゾンでちゃんと出てきました! タイトルは、”Latin Travels 2”。試聴もしたら、まさにそれ。
 昨日、わが家に到着しました。実物を見て驚いたのは、2005年発売で、本当に新しいCDなのです。しかも、いろいろなアーティストやCDからのオムニバスなのに、そのオリジナル曲が2005年のものばかり。「昔聞いたような」と思ったTao of Grooveという曲も、思い違いで、出来立てのホットな曲のようなのです。
 このCDでラテンダンスと出会いましたが、音楽的な出会いという面で、すごくラッキーだったのかもしれないと思います。もっと民族音楽っぽくて、キューバの演歌っぽい音楽もあるのに、その対極にあるらしいモダンなラテン音楽をいきなり知ることができたのですから。
 なお、レゲトンというのが、この世界で最も新しいジャンルだそうですが、それは本当に電子音楽系で、同じような強いリズムがエンドレスに繰り返され、ちょっとトランス状態になりそうな感じの音楽です。これでダンスを踊ると、アルコール抜きでもハイな気分になってしまいそうです。
 そうそう、「インサイドエッジ」という言葉を覚えました。これはダンス用語ですが、足を地面に着くときに、かかとからでなく、つま先の内側から着地することを言います。サルサのステップを踏んで、そのように着地すると、体重のかけ方も腰の動きも自然にあるべき姿になるという、ダンス初心者にとっては、魔法のようなテクニックでした。

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タブラトゥーラメンコ

 タブラトゥーラのコンサートに行ってきました。フィドル、リュート、ウード、リコーダーなどの古楽器で演奏するグループです。それぞれのメンバーはクラシック界などで活躍中の一流の演奏家ですが、この公演のために普段の楽器を古楽器に持ち替えます。しかし、昔の曲を昔の状態で演奏するためにではなく。古楽器で古楽器にふさわしい面白い音楽を何でもやろう、という精神なのです。「世界最強の古楽器バンド」との歌い文句も書かれていますが、さもありなん。いつか公演に行きたいと思いつつ機会を逸し、今回やっと実現しました。
 しかし今回は「タブラトゥーラメンコ」というタイトルがついているとおり、スペインの古曲やフラメンコなどを取り入れた舞台。開演と同時に場内は真っ暗になり、聴衆たちのざわめきが一気におさまりました。そして静寂と暗闇の中で待つことしばし、ほんとうにかすかな弦楽器の音が聞こえ始め、それがだんだんと音楽らしさを帯びてきます。するとそこに漆黒の服に身を包んだ男性が登場し、ステップを踏み始める……、それがフラメンコ舞踊でした。男性が一人で踊るフラメンコというのは初めて見ました。ドン、と踏み鳴らす足の音が想像以上に会場を支配し、一気に聴衆をフラメンコの世界に引きこみます。ステップの力強さと細かさ、動作のきれ、どれもすばらしく、何よりかっこいい! 演奏を聴きに来たのですが、このゲストのフラメンコ舞踊にまず呑まれてしまいました(もちろん、演奏にも圧倒されましたよ、つのださん! 満席の聴衆の圧倒的な拍手もそれを表していました)。
 フラメンコ独特の12拍子のリズム。その早い12拍子の間に、ダンサーは小刻みに12回足を動かしています。しかもアクセントをつける拍で「ダン」と強く踏むのです。そのアクセントの場所が、聞き違えでなければ、2・5・8・11拍めなのです(全部の曲がそうかはわかりませんが、少なくとも私が数えた曲では……)。つまり12拍子を「3拍子×4回」に分解するとして、それぞれの3拍子の2拍目にアクセントがかかっている感じです。これをそのまま聞いていると、独特のシンコペーションをもったリズムに聞こえてきます。
 このリズム、頭の中で鳴らしているとやみつきになってエンドレスに響いてきます。帰りの電車の中でもフラメンコのリズムが続いていた私でした。

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オルケスタ・デ・ラ・ルス

 サルサのCDを探している過程で、このグループを知りました。
 日本人によるサルサ・バンド、
オルケスタ・デ・ラ・ルスは1984年に結成、ニューヨークなど国外で絶賛されてから日本でも評価が高まり、国際的に華々しく活躍してグラミー賞にノミネートされるまでになりました。ところが、1997年に休止・解散……。そういう説明を見つけ、あ~、残念、と思いました。
 ところが、なんと2003年に復活していたのです。CD
オルケスタ・デ・ラ・ルス・ライブも発売されていました。再開には、同時多発テロがひとつのきっかけになったそうです。その後2004年には島唄のサルサバージョンなども入った!BANZAAAI ! をリリース、ポンキッキーズにも準レギュラー出演、今年もコンサートが行われていました。公式ホームページもあります。これで、公演に行くのも夢でなくなりました。
 CDを一枚聞きました。ベスト・オブ・オルケスタ・デ・ラ・ルス。それで納得しました。日本人がサルサ・バンドをやる意味は何なのか? 東洋人がラテン音楽を巧みに演奏しているというだけは意味がない。サルサは誰のものか? それを常に問い続けている歌詞の数々がありました。その「こころ」がよくわかる歌詞に、こんなものがあります。
  
 
ラテンの世界って何も知らなかった
 サルサの踊り方も、グラッチャの踊り方も全く
 でもティト・プエンテのティンバレスを日本で聴いて
 この音楽が大好きになったんだ

  (「デスカルガ・デ・ラ・ルス」より)

 これが私のグループ
 メンバーは皆日本人だけど
 全員強者ばかり
 そのサルサの素敵なことといったら!
 (中略)
  どこの出身だろうと、関係ない
 プレイもダンスもできる
 要はリズムと心の問題
 (中略)
 これが日本のあつーいサルサ
 一緒に踊って
 お気に召したら、このリズムをいつまでも……
 (中略)
 踊るんなら、絶対これ
 プエルト・リコへ、パナマへ、ドミニカへ
 ラテン・アメリカのすべての人へ
 さあ、日本から このすてきなサルサを
 気持ちのいいルンバを

 (「サルサ・カリエンテ・デル・ハポン」より)

 これをスペイン語で歌っているのです。とても素直で正直な気持ち。サウンドが超一流なのはもちろんのことですが、グローバルなバンドたりえた核心は、きっとここにあるのだろうと思いました。

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